薩摩武士の歴史と歩むまち、出水麓。江戸時代に肥後国(現在の熊本県)との境という土地柄、藩の防衛の要とされ、薩摩藩最大規模の武家屋敷群「出水麓」が築かれました。エリア内には数多くの古民家が残されており、武家屋敷も約 150 戸が現存。400年前から続く石垣の町並みも美しく、国の重要伝統的建造物群保存地区や、日本遺産にも選定されています。そんな出水麓で、空き家となっていた3棟の武家屋敷を改修・再生した宿泊施設「RITA 出水麓(リタ いずみふもと)」がスタートしました。今回「RITA 出水麓」の支配人を務める森園さとみさんと副支配人の小村勇一さんにお話を伺って来ました。
出水との出会い
<森園>
私は鹿児島の高校を卒業後、大学で広島に進学しました。安定したイメージから金融業界を志望し、ご縁のあった地元鹿児島の銀行に入行。3つの支店に勤務しましたが、1年半ほどで退職しました。その後かつて読書が好きだったことを思い出し、フリーペーパーの編集部に転職。始めは内勤からスタートしましたが、少しずつ取材なども経験し、数年後に表紙の特集やインタビューなども担当しました。編集記者の仕事は楽しかったし充実していましたが、毎週やってくる締め切りに追われだんだんと疲弊し、休日は家にいることが多くなりました。そんな日々を過ごしていていると2020年~21年、新型コロナの流行で県外に行くことができなくなりました。そこで「県外に行けないなら、鹿児島県内で行ったことのない場所に行ってみよう」と思い立ち、「DENKEN WEEK IZUMI 2021」というイベントの記事を書いたことがきっかけで初めて出水市を訪れました。
それまでは出水に武家屋敷群があることすら知りませんでしたが、着いてみてびっくり。石垣が整然と並ぶ荘厳な街並みに、ひっそりと佇む趣のある武家屋敷。時間がゆっくりと流れる感覚がしたのを覚えています。その後、30歳を機に編集記者の仕事に一区切りつけたいと思っていたタイミングで、出水で武家屋敷ホテルの支配人を募集しているという情報を知人から聞きました。私は長く受け継がれてきた伝統工芸品なども好きなのですが、DENKEN WEEKで武家屋敷にアート作品が飾られているのを見て「建物も作品も両方がより良く見える」と感じていたため、“武家屋敷というショーケースを通じてたくさんの人にいいと思ったものを紹介できるかも“と思い、応募してご縁をいただき今に至ります。
<小村>
私は鹿児島市出身で、大学卒業後フリーペーパーの広告営業や大手メガネレンズメーカーの営業を経たのち、個人事業主として古本屋「つばめ文庫」を開業しました。約14年間営業していましたが、現在は休業して「RITA 出水麓」の副支配人をさせていただいています。森園さんも姶良市出身という事で、2人とも出水市出身ではありません。しかし、だからこそ客観的な出水市の魅力を肌で感じることができますし、それをお客様に伝えることができると思っています。
武家屋敷ホテルの開業
<森園>
元々宮路邸の所有者の方がこの武家屋敷を出水市に寄贈したところからプロジェクトが始まったようです。所有者さんは遠方にお住まいで空き家だったのですが、大河ドラマにもなった篤姫のロケ地という事で地元の皆さんが管理してくださっていました。宮路邸を含む3棟の武家屋敷からなるホテル「RITA 出水麓」に関しては、出水市と協議の上「株式会社いづる」が直接運営しています。
業務としては、長年空き家となっていた築100年〜120年の武家屋敷「宮路邸」「加藤邸」「土持邸」を改修した分散型の宿泊施設「RITA 出水麓」の支配人を務めています。予約を管理しお客様をお迎えするフロントの仕事を始め、朝食・客室清掃・庭整備など各セクションのスタッフが効率よく働けるようにマニュアルやシフトの整備を行うオペレーション管理、広報・集客のための施策や新たなプラン・アクティビティを考えたりする販売促進、稼働率や経費など経営的な数字をマネジメントする採算管理など、業務は多岐に渡ります。
ただし、個人的に一番大切な仕事は地域の方との地道な信頼関係作りだと思っています。歴史あるエリアでスタートした新しい取り組みだからこそ、「どこの誰がやってるの?」と思う方もいるはず。特にフロントのある「宮路邸」は元の所有者さんが地元で慕われていた方だったり、大河ドラマのロケ地になったりと、地域住民の方の愛着も強い。「笑顔で挨拶する」「相手の名前を覚える」「世間話をする」など、地域住民の一人として当たり前の「顔の見える関係性」を作ることで、“応援してあげたいよね“と思っていただきたいし、そういう空気感が自然と生まれていくのではないかなと思っています。
<小村>
宿泊に来てくださるお客さまは、国内が7割、海外が3割程度で、特に鶴が飛来してくる時期に海外からの観光客が増加する傾向にあります。武家屋敷ホテルという一般的な宿泊施設と異なる点も多いので、まずは理解頂いた上でご利用頂くことが運営上の課題ですね。
特に外国人のお客様に関しては、国籍によって言語も異なるので、アプリを使ってコミュニケーションをとっています。だいぶ慣れては来ましたが「RITA 出水麓」の武家屋敷としての特徴をご存知ないまま来日される方もいらっしゃるので、その部分に苦労もあります。ただそもそも異文化体験ということもありますので、宿泊だけでなく武士の甲冑体験や着物の着付け体験などされて帰られる際には笑顔になっているお客さまが多い印象です。
思い出をより良いものにしたい
<森園>
個人的に他の土地に出かけたり、旅行に行ったりしても「出水でも出来るかもしれない」といった視点で無意識に見てしまうのは、もう癖になっているかもしれないです。「武家屋敷に泊まる」というハード面ももちろん魅力的なのですが、街並みごと体験できるプログラムがあると良いなぁとずっと思っています。例えば八女の方で体験させて頂いたんですが、チェックインの時に一緒に地図を見ながら街の案内をしてくれるんですよ。「ここのお店はこんな感じ」「少し歩くけど好きかもしれないよ」とか。地元住民の視点から教えてもらえると、元々リサーチしていなくても「ちょっと行ってみようかな」と思えるのが凄く良いな、と。それだけじゃなくいっそのこと一緒に街を歩いちゃう、まちあるきツアーも最近スタートしました。また、竹燈籠で行燈(あんどん)みたいなものを地元に方に作っていただき、それを宿のお客さんが持って夜でもお店まで歩いていただけるような工夫も考えています。これからは、色々な体験を組み合わせて「RITA 出水麓」での思い出をより良いものにしていきたいと常に考えています。
武士の暮らし
<小村>
僕が個人的におすすめしている「RITA 出水麓」宿泊の際の最高の時間の過ごし方はずばり「読書」です。個人のインスタグラムに載せていて結構反響もあったんですけど、僕が1人で宿泊するんだったらもう本当一晩中、チェックインからチェックアウトまで読書をします。お酒と夜飯だけ買い込んで持ってきて本を読む。眠たくなったら寝て、起きて読みながらご飯食べて、好きなお酒飲みながら読んで。そして好きなときに風呂入ってまた読んで。眠たくなったらそのまま寝落ちしちゃう。エンドレスにそういう時間過ごすのも良いな、と思っています。
お客さまの中には、会話や口コミ、SNSを通じて感想を寄せてくれる方もいらっしゃいます。歴史にお詳しい方だと「こんなことできると良いよね」とか、ハッとさせられるコメントもあります。具体的には剣術の演武や座禅体験など、武家文化を体験できるプログラムの可能性もまだまだあると思うので、そういった方とのコラボレーションやプログラム作りも今後進めていけると良いな、と考えています。
出水の人として
周辺にはまだまだ現存する武家屋敷の「空き家」があります。それらを活用してお店ができると良いなぁと感じています。出水麓では高齢化が進んでいますし、そもそも所有者が遠くに住んでいるケースも少なくない。そういった武家屋敷を今後活用することができてそれらを運用する人との出会いがあれば、このエリアの魅力を底上げできる可能性はまだまだあると感じます。業種にもよりますが、チャレンジしたい人と一緒に相乗効果を高めていけるエリアじゃないでしょうか。私どもは出身こそ出水ではないですが、宿泊されるお客様にとっては出水の人ですし、何より出水が大好きな気持ちでこの仕事をさせて頂いています。お客さまに対してはもちろんですが、ここを訪れるすべての人々に出水の良さを知っていただけるよう、これからも心を込めてお迎えさせていただきます。
出水そしてLifenseについて
—–出水はどんなところですか?
<森園>
とっても暮らしやすくて良い町です。でも私が今携わっている観光の視点からいくと、まだまだ眠ってしまっている可能性がいっぱいあるなと感じます。絶滅危惧種に指定されている希少なツルが毎年越冬しに来る、広大な範囲に江戸時代の薩摩武士のまちなみが残っている、など他にないユニークなポイントがあるし、新幹線の停車駅があってアクセスも便利。だけどそれらが国内・海外含めあまり知られていない。現状、鹿児島県の観光地として「出水」の名前が上がることは少ないかもしれませんが、この状況を10年後・20年後に向けて少しずつ変えていきたいですね。
<小村>
人との距離が近い。人の動きの解像度が高い。 県都から遠い。純粋に生活しやすい(具体的にいえば、行きたい場所が近いところに集まっている、平坦な道が多く移動しやすい、など)。 熊本県との県境であり県外に出る開放感が得られやすい。
—–出水市あるいは北薩のおすすめスポットは?
<森園>
①【公開武家屋敷「税所邸」の縁側】人の少ない日に、こざっぱりとお手入れされた庭園をひっそり眺めていると、自分の内面と向き合えるような感覚がします。
②【すみとカフェ】出水に引っ越してきたばかりの頃、店主のあすみさんを訪ねて来る、さまざまな方とのご縁をここで繋いでいただきました。出水の仲間や友達が増える場所です。
③【茶ノ花】昨年出水麓にできた待望のカフェ。有機栽培の美味しいお茶はもちろん、お菓子担当のあやなさんが研究を重ねて丁寧に焼き上げるスコーンが絶品なのですが、ご本人が至って謙虚なのが素敵です笑。特に午前中ののんびりした雰囲気が好きで、宿泊のお客様がいなければ、職場(宮路邸)を抜け出してここでPC作業したります。
④【つる乃湯】南国鹿児島といえど出水の冬は寒いので、温泉に行く頻度が増えました。私の定番はつる乃湯さん。泉質がよくて、地元の人で賑わっています。サウナがスチームとドライの2種類あるのも特徴です。
<小村>
出水=【東光山(からの景色、桜)】【米ノ津川沿いの歩道】
出水外=【長島の全体】【道の駅阿久根】
—–読者の方に一言お願いします。
<森園>
都会か田舎かに関係なく、私が面白いと思うのは、個性的な大人がいて、そんな大人が関わっているお店や場所がよそ者にも開かれているまち。出水もそんなまちのひとつだと私は思っているのですが、Lifenceで免許を取る方には、ぜひそのようなまちの魅力にたくさん辿り着いてほしいです。
<小村>
人生は本当に短いので、したいことはできるうちにやりましょう!(自戒を込めて)
DATA
RITA 出水麓 | 武家屋敷ホテル
https://www.rita-community.jp/izumi-fumoto/
RITA 出水麓 <Instagram>
@rita.izumifumoto
つばめ文庫(休業中)=RITA 出水麓・副支配人<Instagram>
@tsubamebunko
写真:柏木 直紀
文章:松島 晋也